回る背骨

制作メモ

電子音の変遷 80~90年代のレトロ音源の魅力

ファミコンのピコピコサウンドや、ゲームセンターやレジャー施設のアーケードコーナーで鳴っていた音、携帯電話の着信メロディなど、80年代から90年代にかけて、街中にチープなデジタル音が溢れていた。
素朴なものもあれば、ギラギラしたものや、繊細で美しい音まで、今思えば独特な魅力を持っていたように思います。

アナログからデジタルに切り替わる過渡期に生まれた、これらのレトロなチップ音源を中心に、最新のソフトシンセまでを含んだ電子音の変遷について考察しました。

 

 

チップ音源の歴史

集積回路の普及がはじまり、コンピューターが急速に発達していった1980年代から90年代
音源もチップ化されて、コンピューターやゲーム機に搭載されることで、急速に進化していきました。

当時の音源チップは能力や容量に制約が多く、それを補うためにメーカーや制作者が様々な工夫をしました。
その結果、少ない同時発音数を補うような編曲がされたり、波形の粗い印象的な音色が生まれました。

現在ではオーディオやサンプリング音源が自由に扱えるようになり、チップ音源の進化もほぼ飽和地点に達して、積極的に使われる機会は減ってきたように思います。

でも、それらの不完全な音には実は独特な魅力があって、現代の進化したソフトシンセで同じ音を出そうとしても中々難しかったりします。

なぜ当時の音は、現代の上位互換のはずのソフトウェアよりも、時に魅力的な音を発するのか?
その秘密を探るために、歴代の音源チップについて調べてみました。


1.矩形波の時代

はじめは、最もデジタル的に音を作りやすい「矩形波」を中心にした音源が、初期のアーケードゲーム機や8bitの普及コンピューター、ファミコンなどに搭載された。(矩形波はオンとオフを繰り返すだけで作れるため、デジタルで再生しやすい)

■PSG音源

PSGは3つの矩形波とホワイトノイズで構成され、エンベロープで音量に時間変化を与えることが出来た。

SG-1000(1983年発売)


スペースインベーダー【SG-1000】


■pAPU音源(ファミコン

ファミコンに搭載されたチップは、PSGの派生ともいえますが、2つの矩形波と1つの三角波、ノイズ、DPCMで構成されていた。
2つの矩形波はデューティ比を12.5% 25% 50% 75%で変えることも出来て、PSGに比べて、割といろいろな音を鳴らせた。

ファミコン(1983年発売)


迷宮組曲 BGM集

2.音のデジタル合成

■波形メモリ音源

波形メモリ音源は矩形波を細かく並べることで、様々な波形を作ることが出来た。
しかし、波形のメモリは32バイトと少なく、滑らかな波形は描けずカクカクであったし、低い音の場合は波形の周期が長くなるため、さらに精度が低くなった。

ゲームボーイ(1989年発売)


ゲームボーイ実機を使った有名曲3chパートメドレー

FM音源

YAMAHAの製品で普及したFM音源は、「波形メモリ出力で、別の波形メモリを読みだす」波形メモリの応用音源として生まれた。
実際にはオシレーター間のモジュレーションによる周波数変調によって音を合成しており、シンセサイザーの合成方式の一つとして一般化していった。

DX7(1983年発売)


a-ha - Take On Me (Official Video)

3.サンプリング

■PCM音源

PCM(pulse code modulation)とは、「生の楽器をサンプリングする」という、現代では主流となっている音源方式で、CDなどを含めた音声のデジタル化全般に今日も使われている手法だ。
1980年代後半からこの技術を使用したシンセサイザーが発売され始めたが、当時はメモリも少なく、楽器ごとにサンプリングできる容量が限られていた。
そのため、少ないサンプル数をもとに幅広い音階とアーティキュレーションを再現するための手法がそれぞれのメーカーによって工夫された。

例えばピアノの音のサンプリングも「立ち上がりから音が鳴りやむまで」をサンプリングするのは容量的に難しいので、短い範囲でループさせて疑似的にサスティンを生み出したり、より自然な音にするために持続音にフィルターをかけたりといった工夫だ。

当時はメモリ不足で仕方無く行われていたことかもしれないが、改めて聞いてみると人工的に音の厚さが加わってパンチのある音になっていたりして、これはこれで良い。


コルグM-1は(1988年発売)は、世界で最も売れたシンセサイザーらしい


Ken Ishii - Garden On The Palm


ヤマハの「AWM、AWM2音源」は、同社のシンセサイザーシーケンサーなどに搭載された


Yellow Magic Orchestra - Firecracker (Yamaha QY100 cover)


DTMが普及しはじめた1996年にローランドより発売されたSC-88proは音源モジュールとして最も普及した


Rei Harakami - lust

 ■サンプラー

サンプラーもPCM音源の一つではあるが、拡張性が高く用途も幅広かったため、新しいジャンルの機器として発展していった。
PCM音源との大きな違いは、専用ライブラリだけでなく、他社製の音源ライブラリや自分で録音した音などを読み込むことが出来た点だ。
また、サンプラーにレコードのフレーズを読み込んで組み合わせるという手法がヒップホップアーティスト達によって生み出され、機材メーカーも予想していなかった方向にも進化していった。
現在ではコンピューターのCPUとメモリを使用し、大容量のライブラリを鳴らすソフトサンプラーや、専用音源といわれる楽器ごとに特化したプラグインが数多く存在する。これらは楽器の細部に至るまでサンプリングすることで、本物の楽器と区別が付かないような音を鳴らすことが可能になった。

一方で当時のロービットサンプラーの音にも根強い人気があり、あえて古い機材でサンプリングし劣化した音に加工するという手法があったり、そういった目的のソフトウェア(プラグイン)も存在する。

 

E-mu SP-1200 (1987年発売)


Damu The Fudgemunk - Emu SP 1200 when used correctly


AKAI MPC-60(1988年発売)


Akai MPC 60 French House

 

4.ソフトウェア

最近のソフト音源は、これまでの音声合成方式とサンプラーの機能を全て兼ね備えたような高機能のものが主流になっている。
例えば「ウェーブテーブル音源」といわれるソフトシンセはサンプリングされたPCM波形を読み込み、フィルターなどで加工することで音作りが出来る。
また、楽器の働きを部分的に解析して、人工的に音を再現する「モデリング音源」も並行して進化し、こちらも年々クオリティが向上している。

これらのソフトを使えば過去の音は全て網羅できるような気がするが、現実的にコンピューターから鳴る音は、レトロなハードウェアに勝っているのだろうか?

個人的にはハードウェアならではの操作性を抜きにしても、当時の機器はその瞬間に出せる最高の音を目指して作られていたので、(音の質感やバリエーションは限られていても)機種独自の完成度だけは高かったのではないかと思う。
それは必ずしも現在使えるような音ではないかもしれないが、状況によっては最新のソフトシンセを超えるような瞬発力を発揮するのではないか。

もちろんソフトシンセならではの利点もたくさんあるが、今回はあえてレトロな音源の良さについて強調しておきたい。